罰せられるは…

塾講師による児童殺人事件の判決が、懲役13年となった。
色々議論が出るだろうが、まっとうな意見は他の「良識派」サイトで散々出ているだろうから、ここでは少数派としての意見を書くことにする。

さて、懲役13年は少ないかどうかであるが、これはまぁ妥当な判決であろうと考える。
確かに殺された遺族は物足りないと思うだろうが、そもそも殺人に至る経緯を考えると、被告にも多少なりの同情の余地はある。
というのも、殺された児童は被告に対しかなりの敵意を持っていることが明らかなっている。
その敵意を隠すことなく他の児童がいる前で堂々と批判しているのである。
敵意を持つ理由として、被告が被害者児童に対し好意を持っていた、との情報もあったようである。
そのため、必要以上に敵意をむき出しにしていたのであろう。
だからといって、公衆の面前で他人の子供に批判にさらされた被告の心情はどうであっただろうか。
私はそれほど精神が強くないので、被告と同じ立場になった場合、蹴り殺す可能性はあったと思うし、そこまでいかないとしても、何らかの暴力を振るっていただろうと思う。

批判の矛先を被害者親に変える。

確かに殺された親族としての心情は余りある。極刑に処して欲しいというのも理解できる。
だが、今回の経緯を考えるとどうも被害者児童にも非があったように思える。
理由としては上記に記したとおりである。
大人としてのプライドをずたずたにされ、しかも社会的に制裁を受け、かつ法的にも罰せられたにもかかわらず、それ以上の罰を要求するというのはいかがなものか。
それに、塾の様子を事細かに子供に聞いていれば、今回の事件に至る前にさまざまな選択肢があったはずである。

親の不手際、被害者児童の常軌を逸した言動、今回の判決に至る経緯としてこの点が加味されたものと私は理解している。
それでも極刑しかないのかどうかは、それこそ世間の良識派の皆様方が考えることであろう。

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